僕は、パズーになれなかった。

 

公開日:2014年9月13日

 

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さっき読んだんですけど、自分も同じような気持ちで、

いや、全然違うかもしれませんが、色々思うところがあったので書きました。

ラブライブのライブについて考えると胃が痛いという話。(追記あり)(さらに追記) – 「ほらここ、破かれた、ばかちーがやった!」 (id:kashur2)
http://d.hatena.ne.jp/kashur2/20140907/1410097313

 

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僕は、劇場アニメ「天空の城ラピュタ」に出てくる、主人公の男の子「パズー」になりたかったんです。

でも、なれなかったんですよね。

当時、全然無力で、それは今もだけど、現実で何も出来なかったんですよね。

パズーにはなれないし、シータにも会えないし、飛行石は作り物で、ロボット兵なんて存在しなかった。

当時、それに絶望した人も多かったと思うし、いや絶望もそうなんだけど、自分にはそれが、とにかく悲しくて、めちゃくちゃ悲しくてさ。アニメディアやらアニメージュやらの切り抜きを必死でノートにスクラップしても、ただそれだけで。

それだけでは何も生まれなかったっていうか、とにかくすごく、ショックでさ。結局、アニメーションとかゲームとかから距離をとったりして、東京に出てきて、、みたいな、しょっぱい感じで。

その後、音楽が聞こえるようになってきて、味が戻ってきて、でも、その間の10年とかが全く抜けてて。

それでもやっぱ宮崎駿監督作品だとか、エヴァだとかハルヒだとか、邦画だとか、ー自分の場合はそれらの音楽が大きかったんですけどー、だとかでまた戻って来られてよかったなって思ってるんですけど、、

だけど、アニメの世界はアニメの世界にしか無いという現実が、ずっと消えない。

ゲームもそう。

で、声優さんとかアニメーターやクリエイターの方々も同じような気持ちを抱えてらっしゃるんじゃないかなとか思ったりして、なんなら自分よりももっと強く感じてるんじゃないかなとか思ったりして、例えば声をあてたり、動きをつけたりして命を吹き込む際に、時にどうしようもなく悲しくなったりするんじゃないかなって。

今、アニメーションや何かを創ることに携わってる方々も、同じ世代の方もいるだろうし、もっと若い方も年上の方もいるだろうから、一概には言えないんだけど、みな同じような気持ちを抱えてるのかな、とか思ったりもして。

そういう意味では、みんな同じ方向を向いてるっていうか、アニメーションキャラクター達やゲームキャラクター達とちゃんと向き合えてるっていうか。

僕は逃げちゃったんだけど、今最前線で踏ん張ってる方々はそこから逃げなかった人たちなんだと思う。だから、そういう意味で僕は尊敬の念しか無いんだけど、つまりだから、それを何とかしようとしてる気がするんですよね。

何故なら、この現実の世界だって生きるに値するし、それに、絶望は希望といつも一緒にいる訳だから。

例えば、それこそラブライブやアイドルマスターのライブだったり、他のアニメもそうだと思うし、ゲームとかイベント、ぬいぐるみショーも初音ミクのライブも、プロジェクションマッピングや何々展という展覧会も、3DCGや3Dフォノグラムとか、小説や漫画や絵を書いたり、コスプレとかダンスとか舞台とか、あといろいろ。

「会いたい」っていう気持ちはすごく純粋で、すごく大切だから絶対なくしちゃいけないと僕は思ってて。

実は、僕は今、Wake Up,Girls!というアニメが大好きで、それは現実で活動してらっしゃる声優さんのユニットのいわゆるリアルWake Up,Girls!とは違うものだと多分ちゃんと理解してて、ーやっぱりそれはある面でどうしようもなく悲しいことなんだけどー、それでも最高に楽しくて、この前ライブに行った時、アニメーションキャラクターが踊っている前で、一生懸命歌い踊るリアルのWUGを見て、なんだか僕も、舞台の仙台にいったり、それにまつわるものを食べたり、つまり五感で体感したいと思ったんですよ。エンターテイメントって素敵だなって改めて思ったんですよね。

俺もがんばろうって。

自分に負けたくないなっていうか、バカみたいに信じるっていうか、そんなあの13歳の頃の気持ちが蘇ってきた感じがして、がむしゃらにやればなんとかなるんじゃないの、って思い始めたりして、もーなんやねん、みたいな。

それにね、それに今、ジブリ美術館の屋上に、ロボット兵がいるんだよ。

すごいよね。

時間はかかるかもしれないけど、それでも、少しづつ少しづつ、いい方向に向かってると僕は思ってて、だからこそ、最前線で頑張ってる人たちの姿を見て欲しいって、そう思うんです。

その悲しさとか楽しさとかすべてを内包した美しい姿を見て欲しいなって。

それって、今の時代にしかできないことだから。

そんなことお前に言われなくても分かってんだ!という想いは重々承知しているんですが、自分も同じような気持ちなんだということを、ちゃんと書き記しておきたいなと。

結局は、2.5次元なんてないんですよね。

そこにあるのは、悲しみだけで。

でも、悲しみは笑顔と、絶望は希望と、現実は虚構と、3次元は2次元といつも一緒にいて、そこに一瞬だけ神様が接点を作ってくれたりする瞬間があって、それが死ぬほど美しくて、それごと全部内包してるから、アニメーションや人間は美しいんじゃないかって、僕はそう思うんです。

エンターテイメントや人間の良さって何かって言うなら、それは美学だと僕は思うんです。

だから、信じていれば、近い将来その世界に招待される日が来るんですよ、きっと。

何故なら、元々同じ場所から生まれたものだと僕は思うから。

エンターテイメントって、美しすぎるんですよね。

だから、時に、無性に悲しくなるのかも知れない。

僕は、泣きながらアニメなりライブなり本や漫画や映画なりを見て、全然違うじゃねーかっていうそのどうしようもない想いも、やっぱ最高だぜっていう嬉しい気持ちも、現実も虚構も何もかも全部内包して、そこから何かを生み出してやるって、今はそんな風に感じたりしています。

僕はパズーになれなかったけど、ずっとそばにいてくれたんだなと、今はそんな風に思います。

 眞鍋 弘嗣 @manabehirotsugu

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